表現の自由といっても
2007年09月15日
奈良の放火殺人事件において調書引用して本が出版された件につき、著者が事情聴取された。
こんなことが起こると決まって「言論の自由」ということが取り上げられる。
ただし言論の自由というのも一定のモラルの上に成り立つもので、それがないと「言論の自由」は暴力以上の暴力になってしまう。
今回の件で言うと、刑法の秘密漏示容疑という法律に反している可能性がある点、更には親族の了承も得ずに少年のプライバシーに踏み込んでおり、プライバシー侵害の可能性がある。
今回の著者や出版社の対応を見ていると読者が望むことならば何をやってもいいというように見える。どこか「言論の自由」を履き違えてはいないだろうか?またジャーナリストはいつでも正義というおごりは無いだろうか?
こんなことが起こると決まって「言論の自由」ということが取り上げられる。
ただし言論の自由というのも一定のモラルの上に成り立つもので、それがないと「言論の自由」は暴力以上の暴力になってしまう。
今回の件で言うと、刑法の秘密漏示容疑という法律に反している可能性がある点、更には親族の了承も得ずに少年のプライバシーに踏み込んでおり、プライバシー侵害の可能性がある。
今回の著者や出版社の対応を見ていると読者が望むことならば何をやってもいいというように見える。どこか「言論の自由」を履き違えてはいないだろうか?またジャーナリストはいつでも正義というおごりは無いだろうか?
Posted by あさくらあきお at 14:06│Comments(0)
│時事ネタ
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